母親


大正5年(1916年)4月、曹洞宗大本山總持寺の門前町として知られていた門前、
旧鳳至郡門前町浦上村(現輪島市門前町)に生まれる。
般若太八の三女で、昭和10年4月3日に鳳至郡大屋村の平谷平蔵に嫁入。
昭和47年(1974年)1月5日交通事故にて亡、57歳。
戸籍上は三女ではあるが、幼児期に上の子供が亡くなっており、実質上は長女となっていた。下に二姉妹がいる。
般若家での兄である長男、章は門前町にて校長、教育委員長等を務めた。


木曽左衛門は高等学校から実家を離れ金沢の方の学校に進学し母親とは離れており、母親が大学卒業早々に亡くなったので、
長じてから母親と撮った写真は多分これっきりだと思います。
この写真は当方が大学学生時代の帰省の折(母親多分50歳頃)、庭先の蔵の前で撮ったスナップ写真の貴重な一枚です。


この写真は木曽左衛門が結婚後なき母親の実家を訪れた折、母親の兄、章の案内で門前一の絶景地吊り橋で父親および妻と撮った一枚。


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